「働いたら負けかなと思っている」という言葉がバズって20年以上経ってから思うことは「働いたら負け」ということはある意味正しいということ

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「働いたら負けかなと思っている」という言葉がバズって20年以上経ってから思うことは「働いたら負け」ということはある意味正しいということ

2004年、ニートと言う言葉が世間ではやっていた時代、あるニートに「どうして働かないのか」と聞くと、「働いたら負けかなと思っている」と答えたシーンが報道されました。

このシーンはバズり、某大型掲示板でアスキーアート(文字で絵を描くようなもの)が出てくるくらい、強い印象を与えたのです。

2004年は就職氷河期の終盤であり、働かない、働きたくても働けない人がそれなりに結構いた時代でもありました。

当時、自分が就活に苦労したのは単純に自分の面接が悪かったせいですが、普通の大学だとエントリーシートを何社、何十社に送ってようやく内定が決まるという状態でした。

そんな時代と、今の時代を比較して見ると「働いたら負けかなと思っている」という言葉は決してニートが発言した軽い言葉ではなく、結構現実に沿っていて重い言葉であると感じました。

今回は、「働いたら負けかなと思っている」という言葉について、2004年と20年以上経過した2026年の2つの観点から解釈していきたいと思います。

2004年における「働いたら負けかなと思っている」

2004年は学習もしない、就職活動もしない、そんな人を呼ぶ言葉としてニートと言う言葉が流行していた時代でした。

2004年のある時にテレビの報道で、とあるニートに「どうして働かないのか?」と聞くと、「働いたら負けかなと思っている」と回答が返ってきました。

確かに働くことは大変なことだけど、この言葉は正しいのか?

そう思いながらテレビを見ていた記憶があります。

当時は就職氷河期の終盤ではあり、就職活動においては大学の推薦応募ではそこまで厳しい状況にはならなかったのですが(ここは大学のレベルにもよるのかもしれません)、一般応募ではかなり厳しい状況であり、エントリーシートを手当たり次第に募集をかけている企業に送っても、書類選考で落とされ、運よく面接に進めてもそこで落とされ、ようやく内定が出た企業で働ける状態でした。

なので、高学歴でも就職活動にあぶれた人が就職浪人をやっていたり、コンビニやファミレスのバイトで働いて生活費を稼いでいたりしていたのです。

それに、正社員で働くことが難しく、正社員になれたとしても正社員型派遣だったり、非正規雇用である派遣社員として働く選択をせざるを得ない人もたくさんいたのもこの頃の特徴です。


それに比べると、こんな現実を突きつけられて、自宅にこもって働きもしないニートは楽な生き方であったわけです。

親が養ってくれるなら働かなくてもいいじゃん。

働いたら疲れるし、上司から口うるさく言われるし。

そんな考えもあったのではないかと推測されます。

就職氷河期の時代はパワハラやモラハラは当たり前で、精神論が横行しており、労働時間も長く、ストレスと疲労をためやすい時代でもありました。

そんなきつい思いをするくらいだったら、そもそも働かなければいい。

働くやつは負け組だ。

そんな思いから「働いたら負けかなと思っている」という言葉が出たのではないかと考えられます。

なお、「働いたら負けかなと思っている」と発言したそのニートの人は、後に普通に仕事を探して就職されたそうです。

8050問題

なお、働いたら負けという考えを持ち続け、働くことを拒み続けた人は、後に大きな社会問題になります。

親が退職して年金生活に入っても働かずに自宅に居続ける。

「子供部屋おじさん」と言われる働かない人が増え(実家住まいで働きに出ている人も子供部屋おじさんと呼んでいたりしますが、個人的には実家住まいでも社会人として働いている人は子供部屋おじさんに該当しないと思います)、その後、親が70代で子供が40代となる7040問題、親が80代で子供が50代となる8050問題が起きるなど、高齢ニートが問題となる現象が起きます。

2000年代にニートを選んだ人が2010年代や2020年代にそのままニートの立場を選び続けて、いつまでも親のすねをかじりながら生きる。

両親がなくなると、生活保護を受けて周りから冷たい視線を浴びながら生きるか、生活保護の申請が通らずに路上生活になるか、現実と向き合えずに自ら命を絶つか、そんな暗い未来しかないため、2004年頃の「働いたら負けかなと思っている」という言葉は、ニートの強がりの言葉であり、現実から目を背けるための言い訳であり、それ以上の意味を持たなかったのです。

2026年における「働いたら負けかなと思っている」

重税で生活が苦しい

2026年の「働いたら負けかなと思っている」は「これなら生活保護を受けたほうがましだ」という思いから出てくる言葉になっています。

2004年の頃の「働いたら負けかなと思っている」はニートの詭弁でしたが、2026年の「働いたら負けかなと思っている」は中流層以下の国民全員に降りかかる言葉なのです。


2004年の頃はデフレ傾向であり、物価も手ごろで、税金の負担もそこまで重くない時代でした。

そのため、給料が少なくても賃貸でワンルームの部屋を借り、生活することは十分可能だったのです。

しかし、2020年代になると、デフレ傾向からインフレ傾向に変わり、物価がどんどん上昇し、それに加えて増税、増税、さらに増税、しかも賃金はさほど変わらずどころか減る傾向すらあるという、ある程度の収入でも普通に生活が苦しくなる状況に変わっていきます。

不況が続き、失われた時代は30年を超え、日経平均の指数が5万円を超える状態になっても多くの中小企業は恩恵を受けられず、苦しい経営を強いられています。

年収中央値は30年前よりも大きく下がり、退職金の額も減り、年金受給額も減り、人口も減り、それにもかかわらず税収は大きく増えている。

これが何を意味しているかというと、一人当たりの税負担が明確に重くなっているという現実が数値になって表れているということです。

何をするにも税金がかかり、税負担もどんどん増えていく。

景気が悪く、ギリギリの経営を強いられているため、給料も簡単には上げられない。

税負担率は他国と比べたらそれほど多くないような数字となっていますが、社会保険料等を含めると五公五民、いや六公四民、七公三民も見えてきている。

日本は世界トップクラスに税金が重い国となってしまったのです。

そしてその税金は適切に使われることなく、結構な割合のお金が政治家の遊びや外国人優遇制度、大企業への輸出還付金や海外へのばら撒き、何も成果を出していない無能な子ども家庭庁の予算へと使われています。

なお、消費税10%のうち本当に社会保障に使われているのは2割から3割程度で、消費税が社会保障の貴重な財源というのは政治家の詭弁です。

つまり、今の税金はお金を湯水のごとく使う債務者から強制的に財布からお金を抜き取られるのと同じようなものであり、適切な税収で適切な場所にお金が使われるように改善しなければ、日本はどんどん悪くなっていきます。

また、2020年ごろに流行した新型感染症の頃に、数多くの国が減税政策を打ち出して実行しましたが、日本はそれをしなかった数少ない国でありました。

2026年の衆議院選ではメディアの積極財政と言う言葉に騙され、多くの何も考えることが出来ない国民が自民党に票を入れ、自民党の独裁政権を誕生させてしまった。

結果として本当に積極財政をやりたい候補を多く落選させ、悪夢の4年間を作り出してしまった。

こんな状況を知っていたら、折角稼いだお金から重い税金と社会保険料が抜かれるのはたまったものではない。


今でも生活保護で支給されるお金が普通に働くお金よりも多いということが良く聞かれます。

そうであれば、税金を抜き取られる働くという手段ではなく、生活保護になった方がまし。

だから、2026年において「働いたら負けかなと思っている」はある意味正しい言葉になっているのです。


2026年は、親も自分たちの生活で苦しい時期です。

なので、ニートを養う余裕はよほどの高収入(1000万では高収入と言えません。2000万円以上を高収入と考えた方がいいでしょう。そして、2000万円が高収入と言えない時代はいつか来ます。)や年金をもらっている親ではない限り、無いと思ってよいです。

幸いなことに、しっかりとスキルを身に付けている人にとっては転職しやすい状況が続いています。

AIに代替できない仕事をこなせる優秀な人材を会社が欲しがる状態になっています。

なので、働いても負けとならないためには普段の仕事に誠実に取り組み、AIが出来ないスキルを身に付け、転職して収入をアップしていくこと。

収入が上がったら、NISAの枠を可能な限り活用してインデックス投資を行うこと。

余裕があれば、自分の得意な能力をお金に換える副業をやること。

このブログでしつこいほど推奨してきたことですが、働いても負けという状態から抜け出すには投資と副業について真剣に考える必要があるのです。

これらのことを考えない限り税金を持って行かれ放題で、収入も上がらず生活が苦しいままの働いても負け状態になってしまいます。


そして、政治に興味を持ち、緊縮財政を行う党の議員を選挙で落とすことです。

たった一人が変わるだけでは微力ですが、多くの人が政治リテラシーを高めると、それだけ影響力が出てきます。

2026年時点の日本は「愚民の愚民による権利者のための政治」となっています。

この状況を脱するためには、日本人の一人一人が政治に賢くなるしかないのです。

選挙は人気投票であってはならない。

国民が厳しく立候補者を審査し、適切だと思う人を選んでいかなければならない。

そうしないと、日本はどんどん悪い方向へと進んでいき、富豪は日本から出ていき、貧しい衰退国となっていきます。

そう、かつて先進国であったアルゼンチンが政府の愚策で先進国から脱落したように・・・。

そうなると、ほとんどの国民が働いても負け状態となり、一部の人だけが豊かになる、格差の大きい国になってしまいます。

少子化はさらに進み、日本は現状維持が精いっぱいで発展することがなくなってしまいます。

2026年の「働いたら負け」状態は、一部のニートによるものではありません。

国民の政治に関する関心のなさが原因で、国民が選んだ政治家が失政を繰り返してきた結果です。

この現実をしっかりと受け入れる必要があります。

今回のお話は以上となります。
最後まで読んでいただきありがとうございました。

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