街角を歩いていると、一生懸命募金を呼び掛けている学生の姿を見ることがあります。
また、コンビニに行くとお釣りを募金するプラスチックの透明な箱が置いてあることがあります。
そして、何か災害が起きると、企業がチャリティ商品を出して売り上げの一部を被災地に寄付したり、Yahoo!などでも募金の呼びかけが行われることがあります。
これらの募金の呼びかけに応じて募金をする人と、募金をせずに何もしない人がいます。
どちらが最終的にお金と心に恵まれるかと言えば、前者の募金の呼びかけに応じて募金をする人になります。
見返りを求めないお金の使い方が自分を良くし、自分の価値を上げることが出来るからです。
募金の種類について

募金と言ってもいくつか種類があります。
- 街中で募金箱を持って募金を呼び掛ける人たちの募金箱にお金を入れる
- 募金を募る団体に直接お金を寄付する
- ポイントの一部を募金する
- チャリティ商品を購入する
実際に募金をする場合は、これらのいずれの手段でも問題はありませんが、信頼できない団体に募金をすると集めたお金を着服するという問題が起きることがあります。
そのため、きちんと募金に関して報告をしてくれる組織や団体に寄付することが大事になります。
折角良かれと思って募金をしたのに、それが目的以外のことに使われてしまった。
そんなことが起きると、二度と募金をしたくなくなる、人を信じられなくなりギブをしたくなくなる、などの問題が発生してしまう可能性が高くなってしまいます。
そして、人の為に何かをしてあげることが出来ずに、自分に返ってくるものが無くなってしまうことも良くありません。
信頼できる団体に募金するにはどうしたらいいのか?
ではどのような形で募金をすればいいのか?
折角募金するのであれば、募金したお金がきちんと生かされるところに募金したいというのが募金する人の心情です。
コンビニでお釣りを募金する、街頭で募金を募る学生たちの募金箱にお金を入れる、募金を募集する団体に直接お金を寄付する、チャリティ商品を購入する、Yahoo!で募集している募金に参加する・・・など、手段はいくつもあります。
ただ、注意点としていずれの場合も募金をする団体が信用が出来るかどうかきちんと調べないと、自分が募金したお金が営利目的に使われてしまい、本当に支援したかったところに届かないということもあります。
実際に某テレビ番組で募金したお金を着服したという問題が起きたこともありました。
これは折角募金活動に必死で動いてくれた人達に対する冒涜でしかありません。
また、街角の怪しい募金の中には募金をお願いするためにしつこく付いてくる人もいます。
この手のタイプは絶対に信頼してはいけない人で、募金をしなかったことに対して悪口を言ってくるような場合は、最初から募金で集めた額を団体に寄附したり、支援のためにお金を使うつもりがないと思ってもいいでしょう。
なので、募金をする場合は思考停止でどこに募金するというのはあまりお勧めできる考えではなく、募金先の団体が怪しくないかどうか、そしてどんな目的で使われるのかを理解したうえで募金をする方が良いです。
団体のサイトで直接寄付を募っているところもありますが、ネット上だったらあしなが育英会、国境なき医師団、日本赤十字社などが良いでしょう。
他にも地道に活動されている団体がありますので、気になったら調べてみるといいでしょう。
きちんとした団体であれば活動報告を定期的に行っており、募金をした人にどのようにお金を使ったかが分かるようになっています。
街頭の募金であればあしなが学生募金は信用していいと思います。
ポイントの一部を募金する場合も、寄付の報告をしっかりと行っているところに募金をするべきだと思います。
この報告がないと一体何に使っているのか分かりません。
用途が分からないのに寄付をするのはリスクがあります。
募金をすることはギブの練習になる

募金をするということは困っている人に自分のお金を差し出すということです。
つまり、他人のために何かをすることであり、一種の自分から他人へのギブとなります。
「少額でいいので他人のために」
この気持ちが大事です。
このギブが習慣化すると、人にまず何かをしてあげられることから始めることが出来ます。
以前の記事で「情けは人の為ならず」という言葉についてお話ししました。
人のために何かをすると、直接返ってくるのではなく、巡りにめぐって自分にいいことが返ってくるということです。
そのきっかけを手軽にできるのが募金です。
実際は目に見えて何かが返ってくるということはないと思いますが、自分自身を確実に魅力的でいい人間にしていくという、自分に気づきにくい変化が出てくることでしょう。
その結果、自分の人格などの評価が上がり、仕事のモチベーションが上がり、いい結果を残すことが出来、給料が上がり、役職も与えられる。
などといった変化で返ってくることがあります。
募金をするなど、他の人の為に何かをするという行為は確実に自分を向上させますし、心を豊かにします。
自分のことしか考えない人はあまり魅力的に映りません。
それは顔などの表情にも出ますし、何よりも行動で分かります。
第三者から見ると卑しく見えますし、言動や行動で人を巻き込んでいるのに、それに気づかずに周りに迷惑をかけ続ける。
そんな人に何かをしてあげたいという人はいないでしょう。
ただ、人としての魅力が出てくると、仕事にも一所懸命で、他人のことを考えて行動できる。
そのため、その人が困ったら手を差し伸べてくれる人が出てくるのです。
ギブを繰り返している人は自然と人としての魅力が出てくるので、この人の為なら手助けしたいという人が出てきます。
そのきっかけを作るのが募金であるわけです。
一つ注意したいこととして、募金をするときは見返りを求めてはいけません。
困っている人たちを助ける。
ただそれだけの気持ちで募金を行うのです。
そうすると、自然と自分に変化が出てきます。
逆に見返りを求めると、だんだんと卑しい人間になっていきます。
募金をしたのではなく、募金をしてあげたということになります。
だから、何も見返りがないと募金をすることを止め、自分のためにお金を使うだけの人になってしまう。
そうなると、人としての魅力も失われるため、絶対に見返りを目的に募金をすることはやめましょう。
自分が参加してきた主な募金活動
自分が行ってきた募金は以下のようなものがあります。
- 2011年の東北の地震でネット上から2万円寄付した
- 学生が行っているあしなが学生募金に100円寄付した
- 釣具屋で渓流魚の放流の資金を募っている募金箱にお釣りを寄付した
- 令和6年度能登半島地震で、経費を差し引いた売り上げを全て被災地に寄付するチャリティー商品を購入
これらは一部ではありますが、機会があったら募金活動に対して寄付ををするようにしています。
記事を書いていて自分もまだまだだと思いましたが、信用できる募金にはなるべくお金を投じて、自分のお金を有効活用してもらいたいという思いはありますね。
特に寄付額が大きかったのは2011年の東北の地震の時ですが、惨状をテレビで報道されているのを見て、一体どうなるのかと考え、自分も力になりたいとの思いから当時の自分には大きな額でしたが募金をすることに決めました。
この募金についての後悔の念はありませんでした。
むしろ、福島の桃が食べられるくらいまで復興が進んで良かったと思っています。
釣りに関しては自分が釣り好きで、渓流魚を釣った楽しみを多くの人に味わってもらいたいとの思いから、募金をしていました。
最近は渓流に行くことがあまりなくなりましたが、行く機会がまた出てきたら募金を再開したいと思います。
あしなが育英会の募金は学生が声を出して立ちながら募金をお願いしている姿に心を打たれます。
見かけるとつい募金箱にお金を入れたくなります。
これに関しては損得感情はありません。
ただ、学生が頑張っているから自分もそれに負けずに支援したいと思っただけです。
善意で募金をするのは他人のために行動するという意味で、重要な行動だと思います。
有名な自己啓発の小説である「夢をかなえるゾウ」でコンビニのお釣りを募金することがガネーシャが課題として出していたのですが、この記事を書こうと思ったのはこの本の最初を読んだことがきっかけですね。
少しふざけた表現もありますが、ガネーシャの言葉が胸に突き刺さる良作の書籍です。
ドラマやアニメ化も果たした有名な作品で、令和6年夏時点で全部で5作あります。
素晴らしい本なので、ぜひ購入して読んで欲しいと思います。
直接自分に返って来なくても、人のために何かをやる。
それは見返りを求めない純粋な善意です。
この見返りを求めないギブを行っていくと自分の心の豊かさを形成するきっかけとなりますので、ぜひ試してみて欲しいと思います。
自分のために何かをするのも必要な時があるので完全に否定はしません。
しかし、常に自分のために行動する習慣がある人とは自分は仲良くしたいと思いません。
また、他人のために何かをやることは多くの人にとってやり終えた後は悪くない気持ちになるはずです(ただし、やってもらって当然という態度を取る人を相手にする場合を除く)。
募金も他人のために何かをやることの一つです。
ぜひ、他人のために動くきっかけとして募金をしてみることをお勧めします。
金額は小さくてもいいのです。
ただ、募金するお金に思いが込められていればそれでいい。
募金した自分に対して何も否定することはない。
ただ純粋な気持ちで募金をすればいいだけです。
今回のお話は以上となります。
最後まで読んで頂きありがとうございました。